それでも、大多数の生徒にとっては、共通して「こうすれば点数が上がる」と断言できる方法があります。得点の背景にある基礎学力や理解といった要素に注目するのでなければ、技術的にはテストの点数を上げる方法はたったひとつに集約されます。「点数を上げる唯一の方法」は、確かにあるのです。
非常にシンプルな原理ですから、わかってしまえば「なあんだ」と思われるかもしれません。それは、「正答率を上げること」です。一見するとこれは同語反復に思えるでしょう。正答率こそが点数なのだから、「点数を上げるためには点数を上げる」と、無意味なことを言っているように思われるかもしれません。しかし、そういうことではないのです。
ここでいう「正答率」とは、「正解するつもりで回答した問題の正答率」という意味です。一般に、学力検査試験で、受験者が全問正解の自信をもって答案を提出することはめったにありません。時間が足りない場合もありますし、どうしてもわからない問題に当てずっぽうで答えることもあります。私がこことで言っている「正答率」は、それらの白紙部分や「当たれば儲けもの」という部分を除いた部分だけに限った正答率のことです。わからないところや時間の足りないところはさておいて、ともかくも正解を出せるつもりの部分の正答率を100%に近づけること、それをやらない限り、持続的な得点力のアップは望めません。
これは、数学や理科で特にはっきりしています。なによりも、この原理に気づいたのが、生徒の数学のテストの分析を繰り返す中でのことだったのです。どういうことでしょうか。
一般に、特に中学3年生の数学の試験では、だいたいの出題パターンは決まっています。これは試験が高校入試を参考に設計されるからで、つまりは高校の入学試験の出題パターンが大なり小なりほぼ一定しているということでもあります。概ね、最初に小問集合と呼ばれる4〜10題程度の計算問題を中心にした大問があり、そのあと、3〜8題程度の幅のなかで方程式、関数、図形の計量、合同・相似、確率・統計などをそれぞれテーマにした大問が並びます。それぞれの大問内には2〜4題程度の小問が含まれます。
このような配置を前提にしたとき、特に点数のとれていない生徒に対する家庭教師の戦略としては、これらの大問をひとつひとつ潰していくことになります。たとえば、まず何をおいても確認するのは、計算問題中心の「小問集合」を確保することです。ここに出てくる計算はその他の問題を解いていくときの基礎計算でもありますから、ここを最初に押さえるのは理屈にもかなっているわけです。
基礎的な計算ですから、ほとんどの生徒はきちんと理解しています。いくつか試しにやらせてみてほぼ確実に正解が出たところで、次の大問に移ります。たとえば方程式の問題や確率の問題が、次のターゲットです。これらもひとつのパターンを身につければそれほど理解の困難なものではありませんから、ほぼ正解が出るようになるまで、それほど時間はかかりません。そしてまた、次に移ります。
と、順番に進めていって、「さて、これで7つの大問中の3つまでは確保したからそこだけで40点、もしも他の問題が少しでもわかったら50点は確実だな」と思って蓋を開けてみると、20点台の悲惨な点数、ということが実に何度も繰り返されます。どういうことかというと、「確実に取れるな」と思って送り出したその肝心の問題がボロボロ、まるで点がとれていないのですね。
はじめのうち、私はここで途方に暮れていました。なぜなら、指導中に確認すれば、理解はしっかりしているし、ほぼ確実に正解は出すからです。それがテストになると、正解が出せません。「本番に弱い」という一言で片付けてしまえばそれまでなのですが、そういう解釈をしてしまった途端に、「テストの点数を上げる」という目的が果たせなくなります。適当な指導をやって、「実力はあるんですけどねえ、本番に弱いから仕方ないですよ」と笑っていたのでは、家庭教師ではありません。
なぜまちがえるのか、いろいろと考えてみました。心理的な要因であるのかもと思ったこともあります。睡眠不足など、体調面の不良が反映しているのではないかと疑ったこともあります。実際のところ、後者に関してはそれがまったく見当はずれとも言えず、「試験前日に遅くまで勉強してはいけない」というのは、それなりに正しいアドバイスでしょう。けれど、どうもそういうことだけではなさそうです。
「なぜ正解が出せないのか」。それを理解するには、実際に正解が出せない状況を目の前で再現してもらうしかありません。生徒に過去の高校入試問題を渡してそれを解く様子を観察しました。結果としてわかったのは、結局は単純なことでした。雑に解いていたからまちがっていただけです。ていねいにやれば正解が出せるし、答えが正しいかどうかをじっくりとチェックすれば正解かどうかを見分けることもできるのに、そういった手順をすべて無視していただけなのです。
これら「本番に弱い」生徒は、たいていは強い苦手意識をもっています。正解が出せるという自信もありません。だから、何ページもある試験問題を前にすると、どうしても「早く解こう」と焦ってしまいます。そして、計算をして答えにたどり着いたらホッとして、振り返ることもありません。だから、正答率が著しく下がるわけです。
こういう状態が続くと、家庭教師としては手も足も出なくなります。完璧に理解していると思われる問題に50%しか正解できないようでは、すべての分野に文句のない指導を行ったとしても天井は50点でしかありません。そして、既にそういう状態に達してしまっている生徒であれば、もう何をやってもそこから点数が上がらないということになってしまいます。時間ばかりがどんどん失われていくだけです。
だからこそ、「正答率を上げる」ことを意識する必要があるのです。言い換えれば、「点数をとるつもりでとりかかった問題は、必ず正解する」という意識でもって問題にとりかかることです。
多くの生徒は、具体的な方法を知っているし、実行するだけの能力をもっています。計算問題を解いた生徒に、「それ、正しいですか?」と質問したら、ほとんどの場合、自分の計算を見なおして誤りを発見するだけの能力をもっています。だから、正答率を上げるのは実は単純なことなのです。自分で自分に「この答えは正しいか?」と問いかけることさえできれば、そして、その検証をするだけの時間的余裕がもてれば、どんな生徒でも正答率を限りなく百%に近く高めていくことが可能です。
ただし、だからといってテスト全体の正答率、つまり点数がみるみる上がっていくかというと、そうはいきません。なぜなら、一部の問題の正答率をあげようとする努力はその問題で消費される時間を増加させ、他の問題にかける時間を失わせるからです。さらに、理解できていない問題では、どれほどていねいに解いても正答率は上がりません。つまり、時間の制約と実力の制約があって、部分的に正答率が上がってもすぐには点数は急上昇しないものなのです。
しかし、実はそこが正しいスタート地点です。なぜなら、「これはこうやれば確実に取れる」という部分があれば、指導をそれ以外の部分に集中できるからです。そして、「確実に取れる」ことが生徒にとってもはっきりすれば、あとは練習を積み重ねることで急速にスピードはアップします。雑なやり方で5分かかっていた計算が、ていねいにやって10分かかってそれで正解できるようになれば、そこから先はトレーニングによって正確でまちがいのない方法で3分でできるようになるものです。
「なんだ、結局はトレーニングか」と思われるかもしれませんが、重要なのは、雑な方法でいくらトレーニングを重ねても結果にはつながらないということです。ゼロはいくら積み重ねてもゼロです。ゼロを重ねる努力ほど、虚しいものはありません。時間を浪費し、勉強嫌いを悪化させるだけです。「どうやったら点が取れるのか」ということを実際に納得した上で、その点が取れる方法を練習するというのでなければ、効果は上がりません。
ひとつひとつ、確実な部分を増やしていくこと。これがつまり、「正答率を上げること」の意味です。確実な部分を増やすということは、「何がわかっていて何がわかっていないのか」を明確にすることです。そこがはっきりすれば、わかっていることを何度も繰り返す無駄や、わからないことをいつまでも放置してしまう怠慢も発生しにくくなります。つまり、勉強の効率が上がるのです。
だからこそ、「正答率を上げる」ことが、ほとんど唯一の点数を上げる方法です。これは、既に高得点をとっている生徒にも当てはまることです。それはそうでしょう。彼らにとって、失っている点数はほとんどが「うっかりミス」でしかないわけです。ていねいに解くこと、結果の確認を怠らないことによって、ミスは防げます。点数が低く平均にはるかに届かないような生徒でもこれが当てはまることは、上記のとおりです。そしてその間の生徒、つまりはすべての生徒にとって、「狙ったところは確実に落とす」姿勢は、得点を上げていくためにはなくてならないものなのです。