中学3年生になった春に家庭教師の契約がとれても、その契約は1年たたないうちに満了です。もちろん「高校に入ってからもお願いします」というご家庭もあるのですが、少数派でしょう。高校に入ったら勉強の内容も変わるし、同じように家庭教師を続ける必要性を感じないのがふつうです。「高校に合格するため」という明確な目標をもって雇った家庭教師なら、目標達成とともに契約終了となるのがどこまでいっても自然なはずです。
けれど、小学生のうちに契約がとれたら、そしてそれが中学受験対策でないのなら、それは暗黙のうちに「高校受験までお願いしますよ」ということになります。1回の契約で4年とか5年、あるいはそれ以上の年月にわたって生徒が確保できるのですから、会社にとってこれはおいしい顧客です。さらに、長期にわたって指導が続けば、「高校に入ったあとも引き続きお願いします」となる確率も上がります。家庭教師のない毎日は経験がないので、高校に入って急にいなくなることに不安が生じるからです。小学1年生で契約してうまくいけば、高校卒業までの12年間を継続してもらえる可能性だってあるわけです。
だから、「小学生から家庭教師を」というのは、あくまで家庭教師を派遣する会社の側の都合でしかありません。そして雇われた教師の側も、できるだけ長期に続けてもらえるような指導を心がけます。「これで十分でしょう」みたいな目安を出すことは絶対にありません。「もっと上を目指さなければダメですよ」と、危機感を煽り続けることになります。あたりまえの話ですが、世の中、上を目指せばキリがありません。上を目指し続ける限り、家庭教師は必要であり続けるわけです。
しかし、冷静に考えて、小学生に家庭教師は必要なのでしょうか。中学受験を目指す小学生にとっては、必要かもしれません。決められた期限までに決められた成果をあげていなければ目指す中学に入れないのですから、それを手助けする指導者が必要になる場合もあるでしょう。それ以外の多くの小学生にとって、家庭教師はほとんどの場合不要です。
なぜなら、小学校のときの成績など、ほとんどあてにならないからです。小学校の学習内容が無意味だというわけではありません。それどころか、算数なら四則演算から分数・小数の概念、そして比率・割合の操作など、しっかりできていないと中学の学習に支障が生じます。国語であれば基礎的な漢字や作文能力、読書習慣などは小学校のうちにぜひ身につけておいてもらいたいものです。
ただ、実際にはほとんどの生徒がある程度のレベルまでは学校でその基礎を身につけています。学校の先生方の努力のおかげで、中学の学習に支障の出るレベルに理解のとどまっている生徒はそれほど多くありません。中学校に入って勉強がわからなくなる生徒の多くは、基礎が不十分なのではなく、小学校の勉強スタイルから中学校の勉強スタイルへとうまく移行できなかった生徒たちです。人間は忘れる生物ですから、うまく移行できずに戸惑っているうちに小学校で身につけた基礎がどんどん失われていきます。いくら小学校のときに成績のよかった生徒でも、このギャップにつまづくと中学で成績ががくんと落ちます。逆に小学校のときにはあまりぱっとしない成績だった生徒が、うまくギャップを乗り越えて順調に伸びていくことも起こるわけです。
これが、「小学校のときの成績などあてにならない」と私が考える理由です。そして、小学校のときに誤った学習観を身につけてしまうと、中学校に入ったときにギャップでつまづく確率が上がります。誤った学習観とは、「勉強とは机に向かってするものだ」とか「勉強とはおぼえることだ」、「勉強とは決められたルール通りに早く問題を解くことだ」といった勘違いです。そして、こういった誤った学習観は、塾や家庭教師によってむしろ悪化することが多いものだと感じます。
だから私は、基本的には小学生の間は家庭教師も塾も不要だと考えています。ただし、本当に基礎ができていない小学生、学校の先生の手からこぼれてしまった小学生については、家庭教師は非常に有効な手段だと思います。
たとえば、小学3年になって掛け算が全く理解できていない小学生がいました。学校の先生が「ここまでわかっていない生徒には私はどうしようもない。どうしていままで放っておいたんですか? ご家庭で何とかしてください」とさじを投げた生徒でした。そんな先生の気持ちを生徒の方でも敏感に察して、彼女はすっかり自信をなくしていました。けれど、これは単に迷路に迷い込んでいただけで、あらためてひとつひとつ説明していけば、ふつうに理解できる能力はありました。そんなふうに基礎学習を週1回続け、2ヶ月ほどでどうにか学校の進度に追いつくことができました。もしもあのまま放置していたら、彼女はやがて「学習障害」のレッテルを貼られ、きちんと理解するチャンスを失ってしまったことでしょう。ささやかでも私の指導が役に立ったことを嬉しく思っています。
そんなふうに、本当に必要な場合には、小学生の生徒にも指導はします。けれど、ほとんどの小学生は、親の「このままでは落ちこぼれてしまうんじゃないか」という根拠のない不安によって塾や家庭教師を選択させられているのだと思います。そんな生徒には、「中学に入ったらいっしょに勉強しようね」と言うように心がけています。