これでは答えになっていません。こういった質問で本当に知りたいのは、「どのくらいの時間が必要なのか」ということだからです。そして、その答えも単純です。「その人によってちがう」。つまり、標準的な時間は存在しません。
考えるまでもなくあたりまえなこういう事実を、どういうわけか一部の(と信じたいのですが)教師は無視します。そして、「中学生になったら最低でも1日に1時間は勉強しなければ」とか「受験生なら毎日3時間ぐらい当然でしょう」みたいなことを言います。そして、「勉強は習慣ですからね。学習習慣をつけておくことが重要ですよ」みたいなことを付け加えます。学習とは、早寝早起きや食後の歯磨きと同様に「習慣」として身につけるべき美徳であるとでもいうかのように。
ここで、この文脈での「勉強」が何を指すのか、そのイメージをはっきりさせておくことは重要でしょう。多くのご家庭の方のイメージにある「勉強」は、教科書や参考書を読んだり問題集をひたすらに解いたりする作業です。そういう作業を重ねれば得点は上がり、最終的には限りなく満点に近づいていくというイメージを多くの方はもっておられます。そして、全てのテストに満点をとることがほぼ不可能である以上、勉強にも「ここまでやれば完成」という到達点はありません。テストの点数が90点であればあと10点、98点ならあと2点、100点に達したらより難しいテストを目指すか、あるいは他の教科での満点を目指して、勉強は無限に続くわけです。
しかし、現実にそういった勉強で満点どころか平均点も怪しいような生徒が大量に出てくるという事実を考えれば、そしてさらに、全ての生徒が高得点を目指す必要もないという事実を見れば、考えるべきなのは「どのようにして効率的に点数を稼ぐのか」ということではないかと思います。そして、そういう考え方に立ってはじめて、「ではどのあたりの点数が必要なのか」という現実的な目標値を設定することが可能になります。そして、そういった現実的な数値があれば、「ここで十分」という「必要な時間」が割り出せます。その上で、工夫すべきなのは、この「必要な時間」をいかにして小さくしていくか、という戦略です。
ごく一部の特殊な生徒を除いて、教科書・参考書を読んだり問題集を消化したりする作業が好きな生徒はいません。実際、そういう作業は退屈だし、面白くありません。つまり、我慢してやることです。嫌なことかもしれないけれど、何らかの目標のためにやらなければならないことです。だから我慢してでもやります。そういった「嫌なこと」を「習慣」として苦痛を感じないような形に落としこむことは、最終的には人格形成に悪影響を与えると私は思います。嫌なことは嫌だとはっきりと意識し、その上で、必要に応じてそれを我慢する忍耐力を形成するほうが、おそらく成長のうえでプラスにはたらきます。
そしてもちろん、嫌なことならそこにかけるエネルギーはできるだけ小さいほうがいいわけです。だからここで、戦略が重要になるわけです。
その戦略の基本は、「好きなことの中に得点力アップにプラスになることを見つけ、そこを増やしていく」ということです。というのは、好きでやっていることは、「勉強」にカウントされません。目標のために我慢して取り組むことを勉強であると定義づければ、我慢する必要のないことは、そこに目標があろうがなかろうが、勉強のうちではありません。そして、勉強ではない活動の中に、テストの点数をアップさせてくれるような要素はいくらでもあります。
たとえば、読書です。読書は読解力を向上させてくれますから、国語はもちろん、その他の教科のテストでも(なにしろ問題は日本語で書かれているのですから)点数をアップさせてくれます。1冊読んだから何点というような定量化はできないし、わざわざ成績アップのために読書をするのでもないのですが、読書が楽しめるのであれば、その楽しみを追求していくことで成績をアップさせることができるわけです。
英語の習得には、本物の英語を聞くことがひとつの重要な修行になります。そして、アメリカのヒットソングが好きでそれを何十回も聴きこむ生徒は、やがてそこから英単語や文法、慣用句などを覚えていきます。映画好きであれば、英語のセリフを聞くことでどんどん英語に慣れていきます。
あるいは、私は小学生の頃、退屈しのぎに車のナンバープレートに書かれている4つの数字を使って四則演算で「10をつくる」遊びをよくやっていましたが、おかげで暗算能力は相当に高まったと思います。こういった遊びもまた、まわりまわって点数アップにつながります。もっと現代的なゲームの中にも、多少は得点力アップに役立つものもきっとあることでしょう。
読書でも、ジャンルが歴史であれば社会科の点数がアップします。これは読書に限らないかもしれません。歴史クイズのようなテレビ番組から知識を吸収することもできるでしょう。そして、テレビを見ることが勉強だと思う人はいないわけです。
料理は、家庭科はもちろん、理科や数学の基礎をつくります。中学校で扱う化学物質の大半は、実は台所にあるものです。料理が趣味であれば、理科系の基礎があるといってもいいわけです。
こういった趣味、遊び、日常の活動の中で得点力をアップしておけば、「勉強」しなければならない時間は驚くほど少なくなります。近頃は学校からの宿題が過重に出る傾向があるのでその対応だけでも1日に30分ぐらいは机に向かわなければならないかもしれませんが、うまくすればそれだけでも目標とする成績には手が届くものです。もちろん、目標をどんどん釣り上げていけばいつまでたっても目標には届かず、「やっぱり勉強時間が足りないんだ」と思われるのかもしれませんが。
きっちりと目標値を設定し、うまく工夫していけば、私は多くの生徒では週に5〜6時間程度の勉強でも十分だろうと思っています。毎日の習慣にする必要もなく、週末にまとめてでもかまわないでしょう。学校の宿題さえなければ、もっと短縮しても、生徒によってはむしろ好影響が出るのではないかとさえ思っています。
必要があれば、苦労は買ってでも引き受けるべきものです。しかし、無用の苦労はできるなら避けたいものです。それに押しつぶされてしまっては、せっかくの人生がつまらないものになってしまうのですから。